2016年9月17日土曜日

クロアチア 8 雑感


【ツアー参加】
ヨーロッパでは初めてのパッケージツアー、日本から添乗員さん同行で、ホテル、食事、移動、観光案内を全て一任できるので気楽に旅を楽しむ事ができた。
移動は専用バスなので効率的に巡る事ができる、特に鉄道が発達していない国では路線バスを乗り継ぐ事になるので個人旅行では倍近くの日数になるだろう。
到着空港でトランクをバスに積んでもらい、座席にはショルダーバッグを置き、観光では貴重品のみの小さなリュックで手ぶらで歩ける。ホテルでもトランクはポーターさんが部屋まで運んでくれる気軽さ。着替え等の荷物をたくさん持っていけるので快適に過ごせる。 個人旅行(周遊)では、バックパックを背負って移動し宿では洗濯、駅やバスターミナルで時間待ち(まぁそれが楽しくもあるのだけれど)。
それでいて、料金は個人手配より安い、ヨーロッパ6泊なら飛行機とホテルだけで20万超えるのに不思議、前に参加したアジアのツアーでは1日3回も土産屋に連れて行かれてうんざりだったのに今回のツアーは一切なし、利益あるのかな?

•添乗員さん、明朗な人柄で旅を楽しめました。今回のツアーは24名と少数で旅慣れたリピーターだったが、常に全員の所在を確認してるのに感心した。自分は最後まで全員を覚えられなかったのに、、40名位のツアーやトラブル客いたらたいへんだわ、月2回は海外添乗してるんだろうけど体力も半端ない。

【ユーゴスラビア紛争】
今回訪れた、スロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナは、美しい景色と中世からの街や田舎に暮らすのんびりとした人々、とても平和な国を感じたが、、
ほんの25年前、旧ユーゴスラビアから分離独立した際には、元同国人同士が激しい内戦を繰り返した悲しい経緯を持つ。
■歴史
ヨーロッパの火薬庫と呼ばれていたバルカン半島は多民族が混在していたことから民族間の争いが絶えず第一次世界大戦のきっかけになった。
(人種的には南スラブ人が大多数であるが、住む場所や宗教の違い(カソリック、正教会、イスラム)で民族が分かれていった)
第二次世界大戦後は、東側陣営としてユーゴスラビア社会主義連邦共和国を成していたが、ポーランドやハンガリーなどのソ連の衛星国とは違って独自の国家を保ち、チトー大統領のカリスマと国内融和政策で民族主義が抑えられていた。
•ソ連崩壊
1985年に始まるゴルバチョフによるペレストロイカ、ソ連民主化により東西緊張は失せ、1989年にはハンガリー、ポーランドの民主化、ベルリンの壁崩壊、1990年ドイツ統一、バルト3国の独立、ソ連崩壊と繋がる。
•ユーゴスラビア紛争
チトー大統領は1980年死亡、ソ連、東欧の民主化により、ユーゴスラビ連邦の各国では民族主義が台頭し独立運動が激しくなる。
1991年にスロベニア、マケドニアが独立、セルビアともっとも対立していたクロアチアは激しい争いで独立したが領内に住むセルビア人自治区を巡るユーゴスラビアとの紛争は1995年迄続き大量の死者とセルビア人難民を生み出した。
1984年開催の冬季オリンピックのサラエボはボスニアヘルツェゴビナの首都、平和の祭典の数年後、1992年、ボスニアヘルツェゴビナは独立宣言するが、ボスニアは44%のムスリム人、17%のクロアチア人、17%のセルビア人が混在していたため領内での対立、セルビア、クロアチア軍の介入により死者20万人、難民200万人、民族浄化による大量虐殺や強制収容と最悪な紛争となった。アメリカ、NATOによる介入により1995年に終結した。
クロアチア、ボスニアから避難したセルビア人難民は、コソボ地区に移住したが、1998年、アルバニア人によるコソボ解放軍が独立を目指し紛争が激化し1999年NATO介入によりセルビアからの実行支配からは脱した。ただしコソボの独立はロシア、中国、スペインなどには承認されていない。

【その頃】
ソ連の民主化に始まり欧州、特に東欧圏では独立、紛争と大混乱が起きていた頃、、、
日本ではバブル景気に浮かれていたっけ、入社し社会人となった私、当時はパソコンも海外旅行も一般的ではなく、新聞やニュースで耳にしても遠い地で起きてる事件位にしか感じていなかった。コソボとコンゴ、ボスニアとソマリアの違いもわかっていなかったかも。
一方、近隣のアジアには興味があり、ベトナム戦争の終戦、中国の文化大革命、カンボジアの虐殺は深く記憶している、そして衝撃的だった天安門事件。1990年初めての海外旅行に北京3泊4日、天安門事件の半年後であった。
韓国、台湾も軍事国家で、渡航にはビザが必要、市内で防空演習に巻き込まれたりと今では考えられない緊張感があった。
たった25年前の出来事、中東の混乱、ナショナリズムが台頭してきている現在の情勢、今後の25年、世界は平和を維持できるのか歴史を繰り返すのか?遠い地の出来事と楽観できるとは限らない。







2016年9月14日水曜日

クロアチア 7 帰国

9月13日
市内の空港まで30分
空港内のスーパーで土産購入
10:45 Graz-Frankfurt 12:05 LH1577
13:40 Frankfurt-成田 +8:15 LH0710
土産



2016年9月13日火曜日

クロアチア 6 プリトヴィッツェ湖群

9月12日
8:00 ホテル近くの国立公園入口からプリトヴィッツェ湖畔(世界遺産)をハイキング 2km 3h
ガイドのNikolinaさん、バイク好きで写真を見せ合う。
石灰岩のカルスト地形には16の池湖と92の滝があります。
ここ数日は雨だったそうですが今日は天気に恵まれて森の緑とエメラルドグリーンの水の景観を観ることができました。
まさに「明鏡止水」の景色
国立公園内は自然の宝庫で、多くの動植物が生息している。
この辺りは内戦での激戦地であったため公園内の施設が破壊されたり地雷敷設により危機遺産となった(1997年除外)。

昼食後、ザグレブへ 140km 3h

クロアチアの首都、ザグレブ
1990年、ザグレブのサッカースタジアムで行われたクロアチアのチームとセルビアのチームの対戦でのサポーター間の乱闘が、内戦のきっかけになったとも言われている。

市内観光

オーストリア、グラーツへ
100km 3h クロアチアからスロベニア国境で時間待ち
20:30 夕飯 牛肉のカツ
22:00 ホテル着、郊外の住宅地

2016年9月11日日曜日

クロアチア 5 ドブロブニク

9月11日
早朝、ホテル階下の海岸を散歩
7:45出発 9:00ロープウエイ
ドブロブニクの旧市街は「アドリア海の真珠」と謳われる美しい町並みで世界遺産であるが、内戦(1991-1992)では砲撃により市街の70%が被害を受け危機遺産となっていた(1998年に除外)
市街を歩く
周囲の城壁を歩く

魔女の宅急便(1989年公開)、紅の豚(1992年公開)のモデル地
製作後に内戦勃発したことになる。

ドブロブニクのニャンズ
岩合さんの世界猫歩きでも訪れた街

ランチ タコのサラダとシーフードピザ


13:00発 450km バスのシートが余裕あるので長距離移動も楽々
途中休憩に寄ったサービスエリアでゲリラ雷雨、明日の天気が心配。
19:30 プリトヴィッツェ着  雨は止み曇天
ホテルは公園内にあり森の中の山小屋風

クロアチア 4 ボスニアヘルツェゴビナ

9月10日
7:45発 スプリト旧市街(世界遺産)
ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿街
市場
猫歩き 幸せのオッドアイ発見!
180km
ボスニアヘルツェゴビナ入境
ボスニアはEU加盟申請中、通貨は兌換マルクであるが両替はしないで観光地ではユーロ使用可。

モスタル(世界遺産)へ
昼食 トルコ料理
1992-1995の内戦で激戦区となった街。
ムスリム街は石畳の道に土産屋が並ぶ
ここで土砂降り雨宿り
イスラム系住居区とカソリック系住居区を繋ぐ橋も破壊されたが、世界中からの寄付によって再建された。
市街を走るバスは日本からの寄付によるもので日本国旗が描かれている。
街中には銃弾痕が生々しく残る。

16:15 出発 150km
ドブロブニク(クロアチア)は飛び地となっているため国境が複雑であり、クロアチア入境、ボスニア入境、クロアチア入境と繰り返す。
20:30 ドブロブニク空港近くチャフタットのホテル着
豪華なリゾートホテルで、夕食ビュッフェも盛りだくさん

早朝の散歩  アドリア海の向こうはイタリア  以前に訪れたバーリとフェリーで結ばれている。

2016年9月10日土曜日

クロアチア 3 クロアチア海岸線を南下

9月9日
7:45 オパティアのホテル発 340km
シベニク 
聖ヤコブ大聖堂(世界遺産)
昼食 魚のフライ

15:00発 65km
トロギール  アドリア海に面した港町
聖ロブロ大聖堂(世界遺産)
夕食 牛肉の煮込み

18:00発 35km
スプリト ホテル着
郊外の工場地帯にあるホテル、近くにスーパーKONZUMの大型店あり
KONZUMはクロアチアのスーパーチェーン

2016年9月9日金曜日

クロアチア 2 スロベニア

9月8日
Bled湖
手こぎボートで聖マリア教会のある小島へ
崖の上のブレッド城からの眺め
昼食 トウモロコシ畑の中にあるレストラン キノコのスープとマスのムニエル
約100km 1h30m
ポストイナ鍾乳洞 15:00-16:30
観光できる鍾乳洞では世界一の規模
鍾乳洞の中、片道1.6kmをトロッコ列車で進み、徒歩で1.8km、列車で戻る全5kmのコース
高く広く長い空洞に重なる鐘乳石が圧巻、ここは絶対に訪れる価値あり!
しかし世界遺産に未登録のためかツアーによってはコースに入ってないんだとか。
第二次世界大戦ではドイツ軍が洞窟内に石油を備蓄していて、パルチザンが火をつけた跡が残る。

国境を越え陸路で「クロアチア」入国
クロアチアは2013年にEU加盟したが通貨はユーロではなく自国通貨クーネを使用。また、シュンゲン協定には加盟していないので入国審査がありパスポートにスタンプ要。
オーストリアから高速道路は続いていて走行は快適である。
高速道路の料金徴収方法は国によって異なっているんだとか。

海沿いのリゾート地、オパティア泊



2016年9月8日木曜日

クロアチア 1 出発〜スロベニア・ブレッド

阪急交通社 ¥265800 /1人
添乗員同行(野口さん)、全食事付、横3列のVipバス、24名   初めての欧州パッケージツアー

9月7日
7月に営業開始した若葉台駅空港バス4:50-7:00成田空港 ¥3300
9:40 LH0711-フランクフルト-
17:00 O256-オーストリアGraz
19:00バス、21:30スロベニアBled

スロベニアは、EU加盟のシュンゲン協定加盟国なので入国審査はなし。
横3列の広々シート
Bled湖畔のホテル