2015年12月6日日曜日

プサン3 倭城巡り

12月6日 釜山港周辺の倭城巡り
豊臣秀吉が文禄の役で朝鮮出兵した時に築いた城を倭城と呼ぶ。最初に上陸した釜山港を守る砦として毛利輝元が築いた母城と子城を目指す。
地下鉄1号線、佐川駅の西側の丘、急坂を登ると釜山母城跡がある。

丘上には図書館があり天守台跡は公園になっていて、周囲に石垣が残る。
東側の丘が子城跡、当時は海岸だった。今は埋め立てられている。
佐川駅を挟んで東側にある子城に向かう徒歩30分、丘全体が公園になっている。
天守台
母城を望む
日本史苦手でしたが、今回調べたところ文禄の役は、1592年、16万もの軍勢で加藤清正らが快進して一月後には漢城(ソウル)を占領、平壌まで支配下に置き清正はナホトカ近くまで進軍したという。その後、明が参戦し膠着状態、さらに1598年慶長の役と続くが秀吉の病死により撤退となった。
そして、この戦いに出陣しなかった家康が勢力を強めていったと。。

当時の日本は世界一の鉄砲所持国だったという。秀吉が亡くならず家康が出兵していたら…あるいは秀吉が半島攻めをしていなかったら関ヶ原は…  未来は全く変わっていたのかも⁉️